大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3793号 判決 1956年8月09日
原告 田中信雄
被告 原田儀一
主文
被告は原告に対し金八三、七八二円及びこれに対する昭和三一年二月一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り金二五、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八八、七二五円及びこれに対する昭和三一年二月一日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。
一、原告は昭和二二年その所有に係る大阪市生野区南生野町三丁目四八番地三六坪の内表通りに面した一七坪(以下本件借地という)を堅固ならざる建物所有の目的で存続期間二〇年、賃料は一ケ月に付金三〇〇円、毎月末支払の約定で被告に賃貸し、その後右賃料は統制額改訂のため当事者合意の上昭和二五年八月分より月額金四〇〇円(統制額)に増額された。
二、而して被告は本件借地上に二階建建物を所有し、その階下を自己の店舗(但し店面積は一〇坪以下)として使用しその余の部分を自己の居宅として使用している。従つてその地代については昭和二五年七月一一日より統制が解除されていたものであるが(地代家賃統制令第二三条第三項本文)、その後の相税公課の増加、地価の昂騰、一般物価の騰貴等により前項の地代額は不相当になつたので原告は昭和二七年五月中旬被告に対しこれを同年七月一日より月額坪当り金一七〇円(一七坪で月額金二、〇四〇円)に増額請求の意思表示をし、その後更に同様理由により昭和三〇年七月一〇日被告に到達の書面を以て被告に対しその翌日よりこれを月額坪当り金一五〇円(一七坪で月額金二、五五〇円)に増額請求の意思表示をした。
三、以上二回にわたる地代増額請求の結果本件宅地の地代は昭和二七年七月一日より昭和三〇年七月一〇日迄の分は月額金二、〇四〇円の割合に、昭和三〇年七月一一日以降は月額金二、五五〇円の割合に夫々増額されたのであるが、被告は原告の請求にかかわらず右割合による地代の支払をしないで、わずかに昭和二七年七月以降同年一二月までの間に毎月金四〇〇円の割で六回にわたり合計金二、四〇〇円の内入弁済をしたのみである。
よつて、昭和二七年七月一日以降昭和三一年一月末日迄右各割合による地代合計金九一、一二五円中右内入金を控除した残額金八八、七二五円及びこれに対する弁済期以後である昭和三一年二月一日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。と陳べ、
被告の抗弁を否認し(一)本件宅地の地代について、もし統制令の適用あるものとすればその額が被告主張通りであることは争わない。しかしながら本件のように借家でない建物の敷地については地代家賃統制令第二三条第二項但書の適用の余地がない。けだし同項但書にいう「建物」は借家を指し、本件のように「所有者が自ら使用している建物」はこれに包含せられない。従つてまた「その敷地」とは「借家の敷地」をいうのであつて、本件のような借地はこれに該当しない。(二)従つてまたかりに被告がその主張のような供託をしたとしても、その額は相当賃料額でないから無効であると陳べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
被告が原告主張の宅地一七坪を原告主張の日時頃その主張のような約定で賃借したこと、その後統制額の改訂により昭和二五年八月分より右賃料を月額金四〇〇円に改訂されたこと、被告が本件借地上に木造瓦葺二階建建物を所有しこれを店舗(一階の一部)兼店宅(その余の部分)として自己において使用していること、右店舗の床面積が一〇坪以下なること、原告が本件地代についてその後二回にわたり夫々その主張の日時頃その主張のような増額請求を被告に対しなしたことは、いずれもこれを争わないが、(一)本件借地上の建物は右の如く居住の用に供する部分ある建物であるからその敷地の地代は地代家賃統制令第二三条第二項但書前段同施行規則第一〇条により依然統制せられる。けだし、右のような自己使用の建物は規則一一条の併用住宅ではないが、規則一〇条の各号に該当しない故同条にいわゆる居住の用に供する部分ある建物であるからである。以上のように本件地代は統制せられるから、これから解除になつたことを前提とする本訴請求は失当である。(二)而して本件借地の地代統制額は月額坪当り昭和二七年七月より同年一一月までは金二〇円七九銭、同年一二月より昭和二八年三月迄は金二八円三五銭昭和二八年四月より昭和二九年三月迄は金二八円三五銭、昭和二八年四月より昭和二九年三月までは金三四円〇二銭、昭和二九年四月より昭和三〇年三月までは金三四円一三銭昭和三〇年四月より昭和三一年三月迄は金四一円で、被告は本訴請求にかかる昭和二七年七月分より昭和三一年一月分までの地代を右各割合により弁済供託をしている。(三)かりに本件地代について原告主張のように統制から解除されたものとしても原告のなした各増額請求はその額において甚しく不当であると陳べた。<立証省略>
理由
一、被告が原告主張の日時頃原告主張のような約定で原告よりその所有に係る本件宅地一七坪を建物所有の目的で賃借したこと、その後当事者合意の上昭和二五年八月分よりの賃料を月額金四〇〇円に改訂したこと、被告が右借地上に木造瓦葺二階建建物一棟を所有しその建物の階下の一部(一〇坪以下)を店舗として爾余の部分を居住の用として夫々自己において使用していることはいずれも当事者間に争がない。
二、そこで右のように借地人が借地上に店舗兼住宅用建物を所有しこれを自己において使用している場合(以下持家という)、その敷地の地代について統制が解除されたかどうかについて考えてみる。(イ)昭和二五年七月一一日政令第二二五号(同日施行)により改正された地代家賃統制令(昭和三一年法律第七五号による改正前のもの、以下これを令という)第二三条第二項は特定物件について統制を解除する旨規定しその三号乃至六号には商工業用「建物及びその敷地」をあげている。而して本件のように店舗兼住宅は(同項但書に該当しない限り)その第三号の店舗用建物に該当し、本件土地は同所にいうその敷地に該当する。それだから本件地代については統制令の適用がないものといわねばならない。(ロ)ところで同項但書は更にそのうちでも地代家賃について統制を残すものを規定しているから更に右但書に該当するかどうかについて検討しなければならない。而して右但書によればその該当物件として「第三号乃至第六号に規定する建物のうち居住の用に供する部分及びその建物の敷地(以下前段という)、並に第三号乃至第六号の用に供する部分と居住の用に供する部分とが結合して併用住宅と認められる場合における建物及びその敷地」をあげ、更に同条第三項は「前項但書に規定する建物」の居住の用に供する部分及び併用住宅と認められるものの範囲は経済安定本部令(殊に建設省令)で定めると規定しているから結局右但書に該当する建物であるか否かは右第三項の委任立法たる地代家賃統制令施行規則第一〇条第一一条の決するところによる。而して右但書は地代または家賃の統制が残る場合を規定したものであるが右三項が「前項但書に規定する建物」と規定するところからみれば同項は結局家賃の統制が残る場合についての規定とこれを解さねばならない。すなわち同項は借家についての規定であつて持家についての規定ではない。もし同項が持家についても規定するならば「建物及びその敷地」とすべきであつたであろう。従つて但書は専ら「借家及び借家の敷地」についての規定であつて持家の敷地についてはこれを適用する余地ないものといわねばならない。(昭和三一年法律第七五号による改正法の令第二三条第二項但書はその前段において「賃借部分」と規定し右但書が借家及びその敷地について規定したものであることを明確にしている。)(ハ)右の如き結論は令第二三条第三項より来るものであるが、かりに然らずとするも但書の建物を具体化した規則第一〇条第一一条の解釈よりも同様の結論が得られる。けだし規則第一一条が借家を前提とするものであることは同条の規定自体より明かであり、また規則第一〇条が宿直室や居間のある借家(その敷地)でさえもこれを但書非該当物件としてその家賃の統制をはずしている点からみて、同じく宿直室や居間のある持家(その敷地)は当然(勿論解釈)但書非該当物件(統制をはずされたもの)とこれを解しなければならない。そうでなければ解釈上非常な不権衝、不合理が生じる。このように規則第一〇条第一一条はいずれもそれ自体から借家を前提とした規定と解されるのである。
三、次に本件宅地の賃料につき原告が被告に対し昭和二七年五月中旬頃同年七月一日より月額坪当り金一二〇円(一七坪全部で金二、〇四〇円)に、更に昭和三一年七月一〇日にその翌日より月額坪当り金一五〇円(一七坪全部で金二、五五〇円)に各増額の請求をしたことは当事者間に争がない。
よつて右各増額請求当時の適正賃料額はいくらを相当とするかについて判断するに、鑑定人佃順太郎の鑑定の結果によれば、本件地代は昭和二七年七月一日現在においては一七坪で合計金一、九〇四円月額坪当り金一一二円、昭和三〇年七月一一日当時は同坪当り金一五〇円一七坪で合計金二、五五〇円を以て相当とするから、原告の右各増額請求は夫々右限度において各地代増額の効果を生じたものといわねばならぬ。従つて被告は原告に対し昭和二七年七月一日以降昭和三〇年七月一〇日迄は毎月金一、九〇四円の割合で、昭和三〇年七月一一日以降昭和三一年一月三一日迄は月額金二、五五〇円の割合で各地代を支払う義務ある。被告は本件地代について統制が残つているとの前提のもとに本訴請求期間中の地代をその主張のような額で供託した旨主張するけれども、その供託額が、右認定の賃料額に不足すること被告の主張自体にてらし明白であるから、右供託を以つてしては本件地代債務を消滅せしめる効果はないものといわねばならない。
四、然らば被告は原告に対し昭和二七年七月一日以降昭和三一年一月末日迄右各割合により計上したる地代額合計金八六、一八二円を支払うべき義務あるところ、その内原告が被告より昭和二七年七月以降同年一二月迄に合計金二、四〇〇円の内入弁済をうけたことは原告の自認するところであるから、被告は原告に対し右内入金を控除したる金八三、七八二円及びこれに対する弁済期以後である昭和三〇年二月一日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
よつて原告の本訴請求は右の限度においてこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 増田幸次郎)